どんな子も差別されない社会をつくるには

先日、家庭訪問がありました。
息子は支援学級に入っているのですが、人数も少ないので、家庭訪問では先生と話す時間がたくさんありました。

新しい学校へ転入したのだから、先生も変わるわけで。
先生に会うまでは、期待と不安でいっぱいでした。

でも不安の部分はすぐに消えました。
初めて先生にお会いしたとき、「この先生なら安心だ」と思いました。

 

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いつもニコニコ、ハキハキ。
どんな子にも愛情を注ぎ、的確に教えてくれる。
まさに教師の鑑のような先生でした・・・一目でわかるくらいに。

そんな先生なので、息子に対してもとても熱心で。
家庭訪問では、今の息子は何が得意で何が苦手~とか特性とか。
本当にいろんなことを話しました。

そんな中で、私は「息子が集団行動が特に苦手」ということを伝えたのですが、先生は言うまでもなくわかってくださっていました。
だから「集団に無理やり入れず、様子を見て少しずつ交流学級での勉強を増やしていく」、とのことでした。

先生が言っていたお話ですごく印象に残ったことがあって。

「集団行動はとても大切で、障害のあるなしに関わらず、小さいうちにお互いが関わることで、将来分け隔てなくコミュニケーションが取れる」とおっしゃっていました。

どうしてかと言うと、小学校1、2年生くらいまでは「障害」というもの自体がまだ理解できないからで、小さいうちにお互いが関われば関わるほど将来大人になってからも自然に関わることができるんだそうです。
これ聞いて、すごく納得してしまいました。


 

失礼になるかもしれないけど、障害というのは年配の方になればなるほど、理解されていないような気がします。
年配の方であるほど、障害は親の育て方のせいだと思っている人が多くないですか?

だからどんなに説明しても、なかなか理解してもらえません。
これは障害のある人と関わることがなかった、というのも関係しているのかなぁと。

先生からこの話を聞いて思ったのは、お互いに分け隔てなく接することで、将来障害者と健常者という隔たりがなく暮らしていける社会が広がっていくんじゃないかな~というところ。

実際、低学年の子は息子のことをなんとも思ってないけど、高学年になればなるにつれ、冷たい目で見られることが多いのです。
もちろん、優しく接してくれる子もたくさんいます。

これは大人にも言えることで、障害のある子とあまり接する機会がない人は、だいたい好奇の目で息子を見ます。
もしかしたら、障害のある子には近づくなくらいに言っているのかもしれません。

小さいうちから分け隔てなく接することで理解が広まっていく、ということにもなるんじゃないでしょうか。
だから集団行動が苦手でも、少しずつ増やしていくことでお互いに良い効果が生まれて、そこから障害に対する理解も深まっていけば良いなぁというのが、先生のお話しの意味だと思いました。

関わりがなければ知ることもできない。
関わりがなければ理解することもできない。

障害のある子がもっともっと社会に理解されて受け入れられるように、関わる機会を増やすということも大事なんだということを知りました。

ABOUTこの記事をかいた人

Webライター兼ブロガー。 上京して頑張る娘と発達障害の息子を育てるアラフォー。 学校が辛い子供たちのために、通信制の小中学校を作るのが夢です。学校教育や社会の「当たり前」にモノ申す。たまに趣味のことも書いています。