息子が発達障害と診断されるまで(3)

息子が発達障害と診断されるまで(2)の続きです。

引越し先は、今まで住んだことも訪れたこともない町。
実家からは遠く離れた小さな町でした。

引っ越す直前に起きた、東日本大震災。
引越しも2週間ほど延期になってしまい・・・娘は学期の途中から通うことになりました。

これは自然の災害ですから、仕方のないことですが。
正直引越しもイヤになっていました。
頼れる人も知り合いもいない土地へ引っ越すのがイヤでイヤで。
不安しかありませんでした。

 

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全然大丈夫な素振りを見せていたけど、しばらくは生活に慣れることしかできず。
特に仕事をしていたわけでもなく、でも毎日がいっぱいいっぱいで。

夫も仕事柄あまりいなかったし、精神的に余裕が無かったのでしょうね。
何となく子どもたちと毎日暮らす、そんな何となくな日々があっという間に過ぎて行きました。

そして息子の3歳の誕生日が来て・・・「3歳児健診」を受けに行きました。
事前に書いた問診票や、成長の目安などを見て、

引っかかる」であろうことは何となくわかっていました。
1歳半健診の時と同様に、保健婦さんに「発達支援センター」に通うことを勧められ、すぐに通えるようなので通うことに決めました。

健診に引っかかることはだいたいわかってはいたけど、その時診察してくれたお医者さんに言われた一言が本当にショックでした。

呼ばれて診察室に入り、まず名前が言えない
「自分の名前言えないの?」
そして、目が合わない
「目が合わないなぁ」

挙句の果てには、書いた問診票を見て「数字が100まで言えるの??これは異常だよ。障害があるよ。」と。
あまりに大きな声だったので・・・看護師さんが慌ててドアを閉めたくらい。

わかってはいたんですけどね。
ここまで突き放したように言われると、あまりにショックで。

その場は作り笑いでやり過ごすしか無かったです。
そしてなんか、すごく悔しかったです。

息子のことを異常だとか、変わったものを見る目で見ていたあの先生。
今でも忘れません。

それから、専門の病院を紹介して頂きましたが・・・初診で受診できるまでに予約で半年待ちと言われ。
こういう障害の子供を専門に見てくれる病院が、とても少ないということを知りました。

とりあえず受診できるようになるまでは、「発達支援センター」に週一回通うことになりました。

息子が発達障害と診断されるまで(4)に続きます。

ABOUTこの記事をかいた人

Webライター兼ブロガー。 上京して頑張る娘と発達障害の息子を育てるアラフォー。 学校が辛い子供たちのために、通信制の小中学校を作るのが夢です。学校教育や社会の「当たり前」にモノ申す。たまに趣味のことも書いています。