子供の中の消えない「罪悪感」と運動会のこと~いじめが起こるきっかけがわかった気がする

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気づけば前回書いてから1か月以上が経っていました。

息子がまた少しずつ学校へ行き始めてからのこの1か月間。
色々なことを考えたし、色々なことがありました。

子供は純粋ゆえに、時に残酷。無意識な言葉に傷つく

学校へ行く日が増えてきて、やはり予期していたことが起こりました。
息子にとっては試練なのかもしれません。

ある日、登校すると交流学級の子供とすれ違いました。
すると遠くから「あ!○○くんだ」「ホントだ、○○くんだ」という声が聞こえてきて。息子はハッとした顔をして、そそくさと通り過ぎました。

それからしばらくして、支援学級でクラスメイトと遊んでいるときに「それ」は起きました。
「ホントだー○○くん、来てるんだねー」
「どれどれ?あ、ホントだ!!」

息子に話しかけるでもなく、ドアの前で口々に、そして代わるがわる息子を見る子供たち。
悲しいことに、そこに交流学級の先生も加わっていました。先生なんて、手を振っていたくらい。

息子は予期せずそんなことが起きて、イヤだったのでしょう。隠れてしまいました。そしてしばらく沈んだ顔をしていました。

不登校になった罪悪感は、子供はずっと消えないのかもしれません。
何も悪いことをしていないのに、むしろ被害を受けたのに、後ろめたさを感じてしまう。
その気持ちはすごくわかります。
親である私自身も、なんだか罪悪感を感じてしまうことがあるから。

なるべく避けて通ってきたことが予期せず起こるのだから、息子が辛くなるのも仕方ないのかもしれません。

いじめは何気ない一言から始まると痛感した日

それからしばらくしたある日、今度はまた予期せず交流学級の子供たちと帰りが一緒になってしまいました。
「あ!○○くん!久しぶり!」
そう話しかけられた息子は、何も言えず下を向いたまま。
代わりに私が答えて、その場をやり過ごしました。

急いで帰りたかったのでしょう、息子は足早にその場を離れます。
でも、離れた先にも子供たちがいる。そして息子に気づきます。
「あ!○○くん!みんな!○○くんだよ!あの有名人の○○くん(笑)」
「わぁー久しぶり」
「まぁー生きていたら色々あるよね、頑張って!!」
代わるがわる声をかけてきます。
息子は私の後ろに隠れてしまいました。

「大丈夫だよ」と言うのが精いっぱいでした。
本当に胸が苦しくて。
子供たちに囲まれた息子を守ることしかできませんでした。
なんでこんなイヤな思いをしなきゃならないんだろうと、泣きたくなる気持ちを抑えるのがやっと。

家に帰るまで、息子はずっと暗い顔で下を向いたまま。
すごく辛かっただろうと思います。
平静を装って取りつくろっても、涙が出てきて。
息子にはわからないように、こっそりと泣きました。

話しかけた子供たちにとっては、何気ない一言なのかもしれないし、もしかしたらからかっていたのかもしれない。
でもあの場に大人がいなかったらきっと、もっといじられていたと思います。
いじめはこういう何気ない一言や、ちょっとからかう気持ちから起きるんだろうなと、痛感しました。

話しかけられても答えられない息子を見て、「無視した」と思った子供もいるかもしれない。
私がそこにいたから代わりに答えられたけど、そう思っている子もいると思います。
いじめは1対1では絶対に起こりません。
ちょっとした集団心理で起こるものです。

今まで自分の子供には、「自分がされてイヤなことは相手にはしない」と言ってきました。
でも「自分は良くても人によってはイヤなこともある」も同時に、子供には教えていかなければならないなと、息子に話しかけてきた子供たちを見てすごく思いました。

子供の意志を尊重し、運動会に少しだけ出た

週末、運動会がありました。
今年は出られなくてもいい、出なくてもいいと私は思っていました。
でも息子は「1種目だけ出る」と。
それも学年で行う競技だったから、必然的に交流学級の子供と一緒になります。

練習も出ようとしていたけど、練習当日に「やっぱり行けない」と。
最後の練習でも、グラウンドまでは行けたけど練習に加わることはできず、陰からこっそりと見学していました。
罪悪感を感じているのか、何かイヤな思い出があるのか、それはわかりません。

「有名人の○○くん」と言われたのが運動会前日だったから、当日も出られないんじゃないかと思っていました。
でも息子は行きました。
担任の先生がしっかり守ってくれたこともあると思います。
競技が始まるときだけスッと加わり、終わると同時にスッと戻る。
先生が色々配慮してくれたからこそ、息子は今年も運動会に出られました。

しかもうまい具合に、その競技は息子のいた組が勝ちました。
息子はとても嬉しそうに、満足した様子で・・・すがすがしい顔をしていて。
勝ち負けにこだわる息子にとって、勝って気持ち良く終われたことはプラスになったと思います。
もし負けていたら・・・と考えると、本当に良かった。色んな運を使ったのかな。

学校は忍耐力を養うのではなく、楽しく学べるのが基本であってほしい

4月以降の息子を見ていて、息子はまた少しずつ、学校へ行こうかなという気持ちが強くなっているように思います。
でもそれは「楽しい」が大前提で。
「辛い」と思うことは一切絶っている。
楽しそうなら行く、楽しくないなら行かない。
そう思いながら少しずつ学校へ行っています。私もそれでいいと思います。

学校が辛い思いをしながら我慢をする場所ならば、息子はきっと行かないでしょう。
周りの先生方も、息子の不登校をきっかけに”楽しいことから学ぼう”と、色々考えてくれています。

ただ、”学校に完全復帰したらそこがゴールだ”と考えている先生も少なくないように、見ていて思います。
そこがゴールではなくて、”学校が楽しく学べる場所”であることが教育の基本であってほしいです。

”不登校になった子供を復帰させるために楽しく学ぶ”のではなく、”すべての子供が楽しく学べる”のが学校であってほしい。
忍耐力をつけるのではなく、子供が心から楽しいと思える学校、教育を。
そして学校が合わない子供への選択肢を。

無力かもしれないけど、これからも書き、伝え続けたいです。

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不登校に罪悪感を感じるのは、学校が「行かなきゃならない場所」になっているから~学校教育を変えたい

2018年6月26日



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