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北海道胆振東部地震のキロク①地震の発生から避難まで

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9月6日の夜中。
ガタンという揺れで目が覚めた。

地震だとすぐにわかった。それから間もなくして、スマホの音と同時に経験したことのない揺れが襲った。

真っ暗な中、物が倒れる音、割れる音だけが聞こえる。

布団の中で動けず、子供に覆いかぶさって、揺れがおさまるのを待つことしかできなかった。ものすごく長く感じた。

やっと揺れがおさまり、これが現実なのか一瞬わからなくなった。でも現実だった。




初めて経験した停電。備えがほとんどなかったことを後悔

「とりあえず電気をつけよう」

そう思って「明るくするよ」と言って電気をつけた。息子はおびえている。

電気をつけると、色んなものが落ちていた。

特に軽いものや倒れやすいもの…普段から高い場所にはものは置かないようにしていたけど、それでもあらゆるものが落ちていた。

テレビをつけると息子がパニックになるから、あえてつけずにいた。

壊れたものを片づけようとしたとき、電気がチカチカし始めて…消えた。
停電した。

こんな地震はもとより、停電なんて経験したことはなかった。

「どうしよう、停電だ」

子供を不安にさせまいと思っていても、言葉が出てしまう。

まずは落ち着こう。そう思って暗闇で懐中電灯と使わないスマホのライトをつけた。

少し明るくなった。

災害時に役立つ色んな行動を知っていたはずなのに、何をしたらいいのか浮かんで来ない。焦る。

・停電のときはブレーカーを落とす
・お風呂に水をためておく
・冷蔵庫はなるべく開けない
・ガスの元栓を閉める

これだけは浮かんで、すぐにやった。

一番近い身内の家に避難を決める

それから情報を得ようとTwitterを開いた。

「これはやばいのかも」と思った。

避難することを考えはじめた。その間も余震が続いて、怖かった。

 

とりあえず荷物をまとめよう。

そう思って、スマホのライトを頼りに荷造りを始めた。

テキパキと動こうと思っても、頭が働かない。

落ち着こうと思っても、落ち着けない。

 

こんな日に限ってスマホの充電がフルじゃなかった。残りは半分くらい。どうする?

パッとパソコンが目に入った。これだ!

パソコンを開いて、充電を始めた…でも、パソコンが古すぎてバッテリーがすぐになくなった…全く意味がなかった。

 

スマホが使えなくなる。

食べ物は備えていたのに、ほかのものは備えてなかった…。ものすごく後悔した。

 

とりあえず身内の中で一番近くに住んでる姉と連絡を取り合った。

停電だし、明るくなったらとりあえず1ヶ所に集まっておこう。
という結論になった。

 

少しずつ外が明るくなっていく中、思い出せる限りの必要なものをカバンに詰めた。

朝が近づくにつれ、心臓がバクバクして手が震えると言っていた息子も落ち着いてきた。

息子とアメを一つずつ食べた。

 

朝になるまで、お互い何度トイレに行ったことか。緊張していたのかな。
水が出ることは幸いだった。

避難する途中で大事なものをなくしたことに気づく

夜が明けて、カバンと持てるだけの食べ物を持って、姉の家まで歩いて避難を始めた。

 

信号もまったくついておらず、大きな通りは警察官が誘導している。

私服の上に警察のベストを着て誘導している人もいた。きっと着の身着のままで出動したんだろう。

 

小さな通りでは、車が通らないタイミングを見計らって渡る。

これが大変だった。

汗だくになりながらしばらく歩いて、姉の家についた。

 

姉の家についてふと息子が背負ったリュックに目をやると、リュックにつけていた息子お気に入りの

大事なパスケースがない。

見るとワイヤーがちぎれていた。

「落とした…!」

とりあえず息子を姉に頼んで、元来た道を探しに戻った。

 

どこを探してもない。

もしかしたら家の中に落としているかもと思って、家まで戻った…でもなかった。

諦めて急いで歩いている途中、信号のところに置かれていたパスケースを見つけた。

「あった!」1人なのに思わず叫んでしまった。

きっと誰かが拾ってわかるところに置いてくれたんだ…とても嬉しかった。

ようやく姉の家に避難した。

当然テレビがつかないから情報がわからない。Twitterで情報を得ようと思っても、スマホの充電がなくなっていく。

車で交代で充電して、なんとかしのいだ。

食料と飲み物、非常時の最低限は備えていたけど、本当に最低限。

停電がいつまで続くのかわからなかったから、一番心配なのは食料だった。

近所の人に「スーパーが開くみたい。いっぱい並んでた」と言われて、とりあえず数日は大丈夫なように食料を調達しようという話になった。

②へつづく

 

北海道胆振東部地震のキロク②停電が解消した喜びとこれからの不安
北海道胆振東部地震を経験した筆者が書く、発生から数日間の記録です。こちらは第2回。

 

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